マツリテーターへの道

日常に"祭り"というスパイスを

熊本で老若男女がブンブン振り回す(阿蘇神社『火振り神事』体験記)

ブウォン。ブウォン。

「火を"振る"と、こういう音がするのか!」初めて感じた驚きとよろこび。

まるで自分が独楽(コマ)の中心軸になったかのように、体自体も揺れる。
揺れた方がバランスが取れる。

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初めて見た時は、何故こんなことをするのか、不思議でたまらなかった。

これは阿蘇神社で行われる「田作祭 火振り神事」と呼ばれるもので、神々の婚礼を祝い、五穀豊饒を祈願するお祭りである。火を振るのは、結婚を祝うために行う。

手始めに氏子の皆さんが手本を見せてくれ、その後は一般の人もその儀式を行うことができる。

鳴り響く太鼓の音とともに、火が振られる。藁がちぎれて火が飛んでくるのではないかとはじめは遠くから恐る恐る見ているのだが、火を振っている人の楽しそうな表情にだんだんと引き込まれてしまう。見学者でいようと思っていた自分も試さずにはいられず、結局4回もやってしまった。

私は(毎度のごとく)、祭が終わる最後まで見届けていた。すると、面白いことに気づいた。

一番楽しそうにしているのは、小学生から高校生くらいまでの地域の子供だった。はじめは大人が主にやっているが、最後は子供が主役。火が燃え移る危険と紙一重の状況の中、慎重に火を振り始めながら、慣れてくるとお手のもの。まるでジェットコースターを連続で乗りまくるように、イキイキとした表情で火を振る、振る。

それを見ていて、「小さい頃からこういうことに慣れ親しんで育った子供は強いだろうなぁ」と感じていた。自然に対する好奇心と畏敬の念、思い切って飛び込む勇気、危機察知能力などが育まれていくんだろう。そんな彼らの将来を想像しては思わずニヤニヤしてしまう。

火は偉大だ。この先、様々なテクノロジーが進化したとしても、人間が火と戯れる行為はずっと残り続けるだろう。炎の揺らぎ、暖かさ、そして怖さ。どう考えても人間がこんなものを作り出せる気はしない。

f:id:anmojapan:20170322201647j:plain火を見つめる人々。外国人も多かった。

 

一方で、昨年の地震で崩れてしまった阿蘇神社の楼門と拝殿の復旧はまだ道半ば。苦労も絶えないと思うけれど、こうして命の息吹とも言えるような祭が続いていくことで、だんだんと人の心も暖かくなっていくことを願うばかりだ。

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阿蘇神社のお祭りの数は非常に多く、7月には御田祭(おんだまつり)というお祭りもあります。昨年のレポートはこちら。

【熊本のいま vol.2】自然の恵みへの感謝、日本の原風景がここに~御田祭~

 

祭りは続く。

 

 

※この祭りの詳細に関しては、こちらを参照ください。