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マツリテーターへの道

日常に"祭り"というスパイスを

「奇祭」と思ったら「鬼祭」だった(黒石寺蘇民祭体験記)

午前五時前。お籠り小屋で暖をとりながらウトウトしていると、外からだんだんと男たちの声が聞こえてくる。

「ジャッソ!!」「ジョヤサ!!」「ジャッソ!!」

ヤバい、合図だ。最後の行事、蘇民袋争奪戦が始まる。

眠い眼をこすってダウンジャケットを脱ぎ、裸になって自らを鼓舞するようにふんどしをぐっと締め直す。外に出ると、雪がチラついている。当たり前だが、二月の岩手は寒い。

黒石寺の本殿の前には、すでにふんどし姿の男たちが集まってきていた。その中に混じり、声を上げる。蘇民祭が始まってからすでに7時間が経過。ここまでくると、個の感覚は無くなってきており、全体と一体化したような妙な感じだ。

声出しが続き男たちのボルテージが最高潮に高まったところで、方々から「電気消せーーー!!」の怒号が上がった後、本殿の電気が消え、蘇民袋が投げ込まれる。我先にと蘇民袋に男たちの手が伸びる。かなり密集しているので、一瞬の気も抜けない。

その時、少し外に視線をズラすと、鬼の形相をして腕を組んでいる人がいる。さっきまでニコニコしていた黒石寺青年部の佐々木さんではないか。

「絶対に誰も怪我させねぇ!」という気迫があの表情にさせるのか。今という時間に向き合う真剣さと、続いてきた伝統を守るという強い気持ちが、鬼の顔にさせたのか。

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黒石寺蘇民祭とは

毎年、旧暦の1月7日に行われる五穀豊穣・無病息災を願って行われるお祭り。蘇民将来信仰を基にした蘇民祭岩手県南部地方を中心にいくつかの場所で行われているが、黒石寺の蘇民祭は1200年を超え、国の選択無形民俗文化財にも指定されており「日本三大奇祭」の一つとも数えられる有名なお祭りである。

蘇民祭 | 黒石寺

毎年12月になると「裸の男と炎のまつり」と題してポスターが作られるのだが、2008年のポスターは多少刺激的で、セクハラに該当するおそれがあるとして、JR東日本が駅構内での掲示を拒否するという出来事もあった。これでこの祭りを知ったという人も多いだろう。

 

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話題となったポスター

2月の氷点下の気温の中、真夜中にふんどしで境内を走りながら、水業、火業を経て、最後には蘇民袋争奪戦を行う変わった内容なので、その過酷さについて記載されたブログなども多々あるので興味のある方は調べてみてほしい。

【蘇民祭体験記】あまりの寒さに本当に死ぬかと思った | ロケットニュース24

参加者の本来的な目的は、争奪戦で一年の厄災を免れるため蘇民袋を手に入れることである。しかし、それに参加するためは祭りの1週間前から「精進」が求められる。肉・魚・
ニラニンニクのような臭いの強い食物、或いはそれらを調理した火を通した食物を口にすることが禁じられるのだ。

つまり「男」を決める決定戦に参加するため、1週間清めて清めて、当日は参拝する前に手を洗う代わりに水を全身に浴びて清め、線香の煙を浴びる代わりに薪をくべた上で煙を全身で浴び、そして心の準備をして決戦に臨む、という禊のお祭りである。

私は一昨年・昨年と二年連続で参加しており、今年が三年目となる。

都会生活における「精進」の難しさ

都内に暮らし、外食中心の生活をしているものにとって、1週間の精進期間はとても辛い。外食をできるだけ避け、自分で作るかコンビニのおにぎりを食べた。塩おにぎりや昆布、枝豆など種類もかなり限定的になる。唯一良さそうな「うどん」なども、成分表示に「鰹だし」と書いてあるのが目に付いてしまう...。

期間中一度だけ飲み会に行く機会があり、その際には蘇民祭に出ることをメンバーに打ち明け、精進料理のお店(豆腐や野菜中心のお店)に変えてもらった。本当にありがたかった。

期間中はとにかく、お腹が減る。食べる量はしっかりしていてもタンパク質がないとやけに空腹を感じ、辛い。
しかし、精進は嫌なことばかりではない。微妙な空腹感は集中力を高め、日中はほとんど眠くならず仕事に集中できたし、味覚が敏感になり、それどころか五感すべてが冴え渡ってくる感じがした。欲に打ち勝ち、準備万端で蘇民祭を迎えられた時点で少し達成感のようなものを感じられる。あと、身体が引き締まる(笑)

異質な体験

黒石寺に着くと、まず服を脱ぎ、ふんどしを穿くことから始まる。ふんどしなんて日常生活で穿くこともないから、初めはかなり戸惑う。

22時。準備ができると、足袋に草履を着用し、裸参りに出る。裸参りでは境内を三周し、三度水を被る。

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写真は筆者

一度目はまだいいが、二度目、三度目になると水に近寄るのを身体が拒否しているのがわかる。寒さを紛らわすため、とにかく「ジャッソ!!」と声をあげる。また、人間は危機状態を察知すると身体の中から熱を発し始めることも分かった。

23時半頃からは柴燈木登り(ひたきのぼり)が始まる。「水で冷えたあとは、火で温める!」という発想かは分からないが、組み上げられた牧の上に駆け上がり、己の強さを誇示するかの様に右手を上げて声をあげる。しかし、これが辛い。。。

辛いのは、熱さではなく"煙"だ。風向きが悪いと、煙が直撃し続け目も開けていられない状態になる。

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写真中央で右手を上げるのは友人。プロかと思うくらい様になっている。

それを終えると、外から来たと思われる方々、全体の半分以上が去っていく。
しかし、ここからが祭り本番だ。

午前2時から5時頃にかけて、別当登り、鬼子登りといった儀式が執り行われる。

その間は、「蘇民食堂」と呼ばれる手作りの食堂や小屋で暖をとりながら身体を休め、体力を蓄える。ここで地元の方々と交わす会話もとても楽しい。

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蘇民袋争奪戦は、男たち100人くらいでおしくらまんじゅうをしながら、2キロくらい移動していく。(この頃になると、人としての生命力が分かってしまう。日常生活とは違う基準で、その人の強さ、頼り甲斐が、まるでスカウターをはめたかのように判別できるようになる)

そして最後、坂を転げるようにして、男たちは離散し、最後まで蘇民袋を持っていた人が「取り主」となる。その頃にはあたりはうっすらと明るくなっていた。


苦行を重ねる中で高まる仲間意識
声を重ねることで高まる一体感
一方で、無くなって行く個人という感覚
男の逞しさ、強さを感じる時間
あくまで祭という儀式を遂行することが目的だが、
エンタメや競争の要素もうまく埋め込まれている
それが、蘇民祭


蘇民祭で得られたもの

私にとって蘇民祭で得られたものは大きい。
そのプロセスを通してエネルギーをもらい、エンジンがかかり始めたのだ。

当時、私は勤めている会社を辞める新たな道に進むと決めてはいたものの、具体的にいつ辞めるかの踏ん切りがついておらず、目の前の仕事にもなかなかモチベーションを保つことができていない状況だった。

そんな状況で蘇民祭に参加をし冒頭の佐々木さんの鬼の表情に直面した際、「俺はここ最近、これだけ真剣な表情をして物事に臨んだ経験があっただろうか」と思わず振り返り、とにかく全力で目の前のことに向き合う決意ができた。
さらに、帰りの新幹線の中で共に参加したメンバーと体験の振り返りをしていたら、スケッチブック4枚分もの壮大なものとなった。これだけのことを仲間と共に体験できたことも嬉しかった。

蘇民祭があったからこそ、そこから退職するまで4ヶ月間走りきれたし、独立してからもその「鬼」のことを何度も思い出し、気合を入れ直している。


おっと。気付くと、年を越えていた。2017年を迎えたようだ。
そしてまた、蘇民祭の季節がやってくる。今年は2月3日(金)夜〜2月4日(土)、まさに節分=鬼の祭と同じタイミングである。挑戦者、求ム!

改めまして、本年もどうぞ宜しくお願いいたします。 

2017年1月1日
マツリテーター  大原 学