マツリテーターへの道

日常に"祭り"というスパイスを

祭りは「日常?」「非日常?」

先日、マツリズムと語る「祭りの可能性とニッポンの未来 vol.1」というイベントを日本橋にて行った。

3日前の告知にも関わらず、福島や愛知など遠方からいらっしゃった方もおり、そのうち3割は地元の伝統的なお祭りにがっつり関わっている方々(祭の担い手)で、7割は外から祭に携わっていたり、祭に関心があるという方々という構成。

それぞれの自己紹介やマツリズムの活動を紹介を行った後、参加者全員にワークショップ形式でアイデア出しをしてもらった。

テーマは、「祭とは?(祭りの持つ可能性/魅力とは?)」

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改めて、目からウロコの大きな気づきがあった。

「祭りは非日常」と答える人と「祭りは日常(生活の一部)」という人で、ぱっくり意見が割れたのだ。

私を含め、地元の祭りにがっつりと携わってこなかったような人間にとっては、祭りは非日常であり、楽しむものと捉えている。一方、祭りの担い手の方々にとっては、祭りは生まれた時から当たり前に身近に存在していたのもの。だからこそ、その日常を後世に伝えていくことが一番大事な目的となる。

議論が盛り上がっていたのでもう少し時間を取れればよかったが、たぶん互いに話している「レベル」が違う。だから噛み合わなかった部分がある。それはこちら側の課題設定やファシリの問題として反省しつつも、祭りの担い手とそうでない人々の間にある「断絶」に改めて驚くと同時に、それをつなぐ人(マツリテーター)の必要性を感じた。

※マツリテーター:祭×ファリシテーターの略称

Facilitateは、容易にする・噛み砕くという意味であり、いわば祭の世界と通常の世界との「通訳者」であると考えている。

祭の世界ほど、魅力的で神秘的で、暗黙知に満ちている世界はない。

祭りはその土地と人々が紡いできた物語の結晶。毎年毎年、その土地に生きる人々が積み重ね、熟成させてきたのが今の祭り。だからそこの「当たり前」が別の地域から見たら、驚きに溢れた独自の文化に見える。

祭の持つ可能性を、もっと探求してみたいと思った。



★次回vol.2イベントの参加希望の方はこちらまで★
(内容はvol.1と基本的に同じです)

Facebookイベントページ:マツリズムと語ろう「祭が変える!?ニッポンの未来」vol.2

日時:3/19(日)13:00-15:30 (12時30分受付開始)

場所:irori日本橋 東京都中央区日本橋横山町5−13

費用:500円(ドリンク代/場所代)
定員:15名 ※定員に達し次第締め切り
内容:マツリズムの活動紹介
   簡単なワークショップ 等
参加方法:下記申し込みフォームより記入をお願いします< 締切 3/17(金)24:00>

主催:一般社団法人マツリズム