ハレとケを行き来する、その先に。

「祭り以外のとき、何してるの?」とよく聞かれる。

いろいろしている。貧乏暇なし 笑

年間のうち1/3くらいは地方のどこかにいるけれど、それ以外ほとんどは東京にいて、パソコンでパチパチやったり、打ち合わせなんかをしている。

しかし、「都内にいても正装は法被じゃ〜〜〜!!」

というわけでもなく、TPOに合わせて衣装も使い分け。
今日はシャツに革靴スタイル。いたって普通の格好です笑

 

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最近、鍼にお世話になる回数が増えた。

なかなか疲れが抜けないのもあるんだけど、特に祭りから帰ってきたばかりの時なんかは、頭と身体がオンになったまま緊張感が抜けず、寝られなかったり、すぐ起きてしまったりする。

鍼灸師に対してはこんなオーダーをする。

「祭りから帰ってきたばかりで交感神経優位になってるんで、ちょっと鎮めてください」

その人も要領分かってきてくれて、「はい、わかりました」と二つ返事(笑)

ハレとケを行き来する生活は、楽しいけれど、消耗が激しい。

特に自分の場合は、完全にアウェイの場所に飛び込むこともしばしば。一挙手一投足を見られているかもしれないと思うと、どうしても気を遣ってしまう。そして極めつけはアルコールパンチ。

呼吸法とかヨガとか、身体と心をコントロールする方法をちゃんと身につけたい。

 

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我ながら謎の生活を送っていると思う。この先に何を見据えているのか。

マツリテーターは「(祭りを通じて)地域のウチソトをつなぐ」ことが主な仕事である。つまり地元の人と外部者の媒介者であり翻訳者という立場。

しかし、もう一つ重要なテーマがある。
それは「(祭りを通じて)ハレとケをつなぐ」こと。つまり、豊かな日常を過ごすために、非日常のエネルギーを活かす、ということ。

例えば、日常のちょっとしたプレゼンテーションの際に、一瞬で場の雰囲気を変えたり、祭り的な求心力を生み出せるようになるとか。

その逆も然りで、緊急災害時で周りがわーわー言っている時に、冷静に全体観を捉えて的確な指示・行動ができるようになるとか。

今はまだまだだけど、ハレとケを行き来する先に、そんな力が身につくといいなと。

もうすぐ昼休みも終わりだ。日常に戻りますか!

 

祭りは続く。

羽生結弦は「真の祭り男」だ

時事ネタになるが、重要な出来事だったので記しておきたい。

羽生結弦平昌オリンピックで会心の演技の末、金メダルを獲得した。

本人にとっては金メダルを獲ったことより、前回ソチオリンピックでの彼なりの不満足感に対する「リベンジを果たせた」ということの方が大きいだろう。


ショートプログラム、そしてフリープログラム前半は申し分のない出来だった。しかし後半のジャンプ、何度も「崩れそうになる」姿を見た。しかし、耐えた。

右足の怪我の影響が出たのか、連続ジャンプが決まらなかったり、着地が危うかったりとその演技に少しずつ綻びが出る。

しかし、彼は耐えたのだ。「意地」と「気合い」で滑りきった。
まるで「うぉぉぉぉ!!」という漫画の吹き出しが見えてくるようだった。

演技を終えた後、彼は氷上に向かって吠えていた。何度も。何度も。

4年前の自分に対して、もしくは怪我の間、幾度も脳裏に浮かんできたたであろう「無理だよ。やめときなよ...」と囁き続けた自身の中の"悪魔"に対してか。

 

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真の祭り男の咆哮

余談だが、日本各地にある小さな祭りが残ってきたのは、祭りの担い手たちの「意地」があったからだと思っている。羽生の後半の意地の滑りを見ながら、そんな祭りの担い手たちを想像していた。最後は結局、そういうもの。

ここからは、祭り視点での勝手な分析。

羽生結弦は、真の祭り男だ。場を制圧できる力を持ち、静と動を自在に操ることができる。

普段は可愛げを見せたりおっとりとしているのに、スイッチが入ると不動明王とか阿修羅を想起させるようなドSな表情や振る舞いをする。見ているものは魅了され、その時空に引き込まれる。

そもそも、SEIMEIというプログラムを演じきれること自体が普通ではない。
「憑依型」とも表現されるような滑りは、個人を超えた不思議な力が宿っているようだ。いずれにせよ何本も続けられるものではなかろう。

まずは滑走前のルーティーン。
リンクに向かう前にコーチと握手を交わし、目をじっと見ながらエネルギーを注入する。

滑り始める時間、彼は手を切ったり、手を合わせたりしながら、祈りを捧げている。

 「これから全身全霊を尽くして最高の演技をしますので、見ていてください」 

そして演技開始時。静寂から初めてのモーションに移るまでの時間に「スッ」と何かを入れている(魂を込めているように見える)。

フィナーレの手を広げるポーズとともにエネルギーを解放。(平昌の時は実際に「バッ」っと言っている)

つまり、祈りから始まり、魂を入れ、阿修羅が憑依したような表情を見せながら全身全霊で演技をし、エネルギーを収めて終える。

このプログラムに魂を込め、儀式にまで昇華するのは、羽生結弦以外にいないだろう。


仮に彼が神輿の先頭で率いていて、「お前ら、いぐぞぉぉぉぉぉぉ〜〜〜!!」って言ったら全員に力が宿る姿を容易に想像できる。
 
単なる妄想かもしれないけど、彼は真の祭り男だと、ずっと思っていた。
今回のオリンピックを経て、それは確信に変わった。

オリンピックというハレの場に、更なるハレの場(祭)をつくる男。
羽生結弦。ありがとう。

 


祭りは続く。

 

なぜ祭りなのか?

昨年9月4日は34歳の誕生日。僕は近所のデニーズに一人篭もって、いつも持ち歩いているスケッチブックと向き合い、過去を振り返って書き出していた。

1年1年遡っていくと、ちょうど5年前の2012年9月4日に、前職クロスフィールズの内定の電話をもらい、嬉しかったことを思い出していた。

そして何気なく5年間の推移をグラフで表してみた。

転職をし、起業を経て、僕の年収は5年前に比べて1/5になっていた。反比例だ。
親が僕の老後を心配することに納得した。
(周りの支えてくれている皆さんには本当〜に感謝です!!)

それを眺めながら、我ながら不思議に思った。
「一体俺は何を求めているのだろう?」

素直に話すと、社会に貢献したいからとか、やり甲斐云々ではない。
祭を掘り下げたいんだ。そしてその先にある人間の本質が垣間見たいだけ。

祭はハレの場だから、普段は見ることのできないその人が見れる。
見たことない表情、態度、感情が立ち現れてくる。さらに、その人の自我を超えて、土地の記憶を背負って現れてくる瞬間がある。

 

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小浜の紋付祭り 新町若連の皆さま


時間空間がクロスする人生に一度のハレ舞台に立ち会うと、無条件に感動してしまう。生きててよかった、と思える。

高校の時、遺伝子の勉強をしたいと思って大学選びをしたのも、
大学での卒業論文のテーマを円陣にしたのも、
自分なりに人間のことをもっと知りたいという動機からだった。

今は「祭りとは何か?」を自分なりに問い続けることが、人間を理解するための一番の方法だと思っている。たとえ仕事としてマツリズムを続けられなくなっても、身体が動かなくなっても、それだけは問い続けたい。

何の保証もできないし、確信めいたものはないけれど、意志としてそれだけは記しておきたい。

 

祭りは続く。

僕は祭り男じゃなかった

発信!発信!発信!と思いつつも、ずっとブログが書けなかった。

正確にいうと、いくつか書いたものもあったのだが、下書きのまま眠っている。

「伝えたい思いが強すぎて納得いくまでこだわってしまう!」ってのはかっこつけで、ただの面倒くさがりです。

ふと時間ができたので、最近思っていることを少し。

 
これまで、自分は「祭り男」なのだと思っていた。本質的にはそうでなくても、「祭り男になれる!」と信じていた。その可能性を感じてか「祭り男にしてやろう!」と育ててくれる先輩やパスを振ってくれる友人もありがたいことに存在した。

 

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一般的な祭り男のイメージ

 

しかし、僕は「祭り男」ではなかった。

一般社団法人マツリズムっていう団体をやっているくらいだから、祭りは好きだ。

でも、祭り男は、定義にもよるだろうが「お祭り騒ぎが好きな人」「テンションがめちゃ高い人」のイメージのように思う。

僕はお祭り騒ぎが好きなわけでもないし、テンションがめちゃ高いわけでもない。
(どちらかというと「元気ないですね」と言われることの方が多い 笑)
 

ただ祭り男のスイッチは持っている。そのため、そういう人だと勘違いされることがよくある。自分もそれに応えようとこれまで頑張ってきた。でもそれはやめようと思う。なんとなく、そんなタイミングな気がする。
 

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祭に関わっていると、たまにこういう、ハッと息を飲むような瞬間に遭遇する。
 
150人で一つの神輿を持ち上げる瞬間も同じ。胸の中がざわざわする。

「お祭り騒ぎ」とは逆の、そういう深淵な瞬間に触れると、生きてて良かったと思える炎が燃え盛るようなハレの空間の中にひっそり佇む静の瞬間が、僕はたまらなく好きだ。

 

それだけです。オチはありません笑

 

 

祭は続く。

 

 

 

神様にしか見えない光景(釜石祭り)

神降りる瞬間

港に10隻を超える大漁旗を掲げた漁船が帰ってきて、虎舞の格好をした地元の少年たちが全速力で走ってきたかと思うと、お神輿が乗った船に向かって伝統の虎舞いや獅子舞の演技を奉納する。

その瞬間は不意打ちをするように突然やってきた。お囃子や笛の音が大きくなり、漁船からは大音量のブザー音、虎や獅子たちが横に並んで花道をつくり始める。あまりの「騒然さ」に訳も分からず圧倒されていると、船からお神輿が担ぎ出され、担ぎ手のもとに渡っていった。わずか数十秒の出来事だったが、まさに身の毛もよだつような特別な瞬間を目撃したのだ。

 

釜石祭りとは

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10月第2週の週末に行われる、尾崎神社例大祭新日鉄石山神社例大祭りの合同祭。昭和42年に釜石市制施行30周年を機に合同祭として実施したのが始まりで、「曳舟祭り」と「神輿合同市内渡御」が有名

・浜の守り神である尾崎神社は、市街地の近くにある里宮と、釜石湾の対岸にある奥宮がある

・祭りの際には、里宮から奥宮まで船でご神体を迎えに行く必要がある(曳舟祭り)

・神輿合同市内渡御では、虎舞や鹿踊りといった岩手県伝統芸能も行われる

今回は1日目に曳舟祭りを観覧し、2日目に尾崎神社の神社神輿を担がせていただいた。2日間とも清々しい青空に恵まれ、祭りを堪能させていただいた。

 

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釜石市自体が鉄と魚とラグビーの街と謳う通り、釜石祭りは漁師の誇りと伝統、新日鉄を中心とした産業の融合を象徴したようなものであった。

1日目は漁師の祭り。朝8時過ぎに釜石港に向かうとすでに大漁旗を立てた船が無数に並んでおり、お囃子とともに大音量で演歌がかかっている。(やはり漁船には演歌が似合う。その影響で今もyoutubeで演歌を聞きながら書いている)

それぞれの町ごとに漁船に乗り込み、パフォーマンスをしながら港内をぐるぐると回り、船は対岸に向かって港を離れていく。およそ2時間後に船は帰ってきて、同じく何度かパフォーマンスをしたのちに、冒頭の光景が広がるのだ。迫力のある1日目だけでも一見の価値あり。

 

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飲食店にも虎舞。

 

2日目は神社神輿を担がせていただくことに。尾崎神社の社務所で氏子の格好に着替えて出発する。神社神輿はかなり重いものだったが、今年は担ぎ手が多かったとのことで順番で担いだため、あまりその重さを実感することはなかった。


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神社神輿を担ぐ(その行列に入る)とどんなことが起きるか。道行く人に手を合わせて拝まれ、またポイントポイントの御旅所では、虎舞や獅子舞などが回りを囲んで囃し立ててくれるのだ。まさに「神様にしか見れない光景」を見ることができるのだ。その瞬間は、写真を撮ることも憚られ、収めることができなかったが、普通は見れないものであることに間違い無い。

全ての行程を終え港に戻ると、喧騒は無くなり静かな時間が流れていた。まるで幻想だったかのよう。駅への帰り道、町中に響き渡るような大音量で緊急地震速報が流れた。瞬間、ビルが崩れたままの辺りを見渡し、地震後の経路を頭でシュミレーションした。ゾワッと感じる恐怖。幸い地震の揺れはほとんどなかったものの、いまでもそれは進行形のだということを体感した。

 

祭りは続く

My Somin-sai experience

Before 5 AM. While he is warming up in the kennel, when he is doing, the men's voices are heard more and more from the outside.

"Jusso !!" "Joyasa !!" "Jusso !!"

It is a goat, a signal to tell us to begin the last event, the battle for Somin-bag.

Rubbing my sleepy eyes, taking off my down jacket, tightening my glove so that it gets naked and inspires myself. Snow is cluttered outside. Iwate in February is so cold.

In front of the space of Kokusekiji temple, men in the form of loincloths had already gathered. They started to raise their voice. Seven hours have passed since the Somin-sai began. Coming so far, my feeling of individuals is getting lost, it is a strange feeling like being integrated with the whole.

When the men's voltage rises to the climax, after the rage of “Turn off the electricity !!" rises from people, the main shrine's electricity disappears and a Somin bag is thrown into the men’s crowd. The men's hands extend to the Somin bag for us. Because it is quite dense, I had to keep myself tensioned. 

 

At that time, when I look slightly outside, someone is shaping arms with the face of a demon. He’s Mr. Sasaki of the Kokusekiji youth department who was smiling up until a while ago.

Does it make that expression that "Absolutely nobody injured!"? Did the seriousness to face the present time and the strong feeling of keeping the tradition that followed continued the demon's face?

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About Kokusekiji somin-sai

Every year, the festival is held in hopes of five grain rich fruit and disease-free life done on January 7 of the lunar calendar. Somin-sai is based on the Rev. Nam Faith is being conducted in several places, mainly in the southern part of Iwate Prefecture, but the Somin-sai in Kokusekjiji temple has exceeded 1200 years, and it has become a nation's elective intangible folk cultural asset It is also a famous festival that is designated as one of the "three uniquest festivals in Japan".

 

Somin-Sai | Kokusekiji temple

In December every year, a poster is created entitled "Naked Man and Flame Festival", but posters in 2008 are somewhat exciting and may be considered sexual harassment, and JR East will be in the station premises There was also an incident refusing to post. Many people will have known this festival by this.

 

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In the temperature of freezing temperatures in February, while running in the precincts in through midnight, after undergoing the water rituals, fire rituals , finally it is a strange content to compete for the Simin-Bag.

The original purpose of the participants is to get a somin bag to avoid a year's trouble. However, in order to participate in it, fasting is required one week before the festival. It is forbidden to talk about the smell of food such as meat, fish, chives and garlic, or foods cooked with fire that cooked them.

I have been participating for the past two years in a row last year and last year, and this year is the third year.

 

 

Difficulty of 'fasting' in urban life

 

For those who live in the city and live in a dining out center, the promotion period of one week is very painful.  I avoided eating out as much as possible, and eat rice balls at convenience stores to make themselves. The food I could eat was limited, salt rice balls, kelp, green beans and so on. Also such as "Udon" that seems to be only good, there are notes on the ingredient display that it says “Tuna fish taste” ....

I felt so hungry during the period. Eating amount is firm but it feels hungry if there is no protein, it is painful.

But fasting is not all bad. Subtle hunger sensation increased concentration, I was able to concentrate on work almost without getting sleepy during the day, I felt the taste sensitive, and on the contrary all the senses felt coming down. Overcoming the desire and feeling a sense of accomplishment a little can be felt at the time that the Somin-sai l is greeted with readiness.

 

Unnormal experience

When I arrived at Kokusekiji, Starting off by taking off my clothes and wearing a loincloth. I do not have to wear it in everyday life, so I'm pretty confused at the beginning.

At22 o'clock. When you are ready, wear sandals on socks and go naked. In bare battle, I went three times in the precincts and I was covered with water three times.

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Although it is still good for the first time, you can see that the body refuses to approach the water the second time or the third time. To confuse the cold, anyway say "Jusso !!" voice. Also, when we perceive the state of crisis, we also found out that people start to emit fever from the body.

From around 23:30, Fire battle (Hitaki Nobori) starts. I do not know if it is the idea that "After warming with cold, you can heat it with fire!" I rushed up on the assembled woods, raised my right hand as if I show off my strength. But this is painful. . .

It is not hot but "hot smoke" is painful to my eyes. If the wind is poor, the smoke continues to hit directly me and my eyes can not be opened.

 

 

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After that, more than half of the people left.

But here comes the real  Matsuri time.

 

From 2 am to 5 o'clock, ceremonies of buddhist priest has been done.

In the meantime, take a rest in the hand-crafted dining hall called “Somin-Restaurant” and a cabin while warming up and save your physical strength. It is fun to have conversation with local people.

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Somin bag struggle fight is about 2 kilometers while doing a scorching pill with about 100 men.

And finally, as you roll the slope, the men are discretized and the person who had the Somin bag to the end becomes “champion”. At that time the area was getting a bit lighter.

 

Increasing fellow sense of consciousness in the midst of penance

Increasing sense of unity by overlapping voices

On the other hand, a feeling of lost individuals

Time to feel man's strength, strength

The purpose is to carry out the ritual of the festival to the end,

The elements of entertainment and competition are well embedded

That is the somin Festival

 

What I gained at the Somin-sai is great for me.

I got lots of energy through that whole process, and got motivated.

 

I am pleased to participate in this Matsuri

「地の人ってなんだ?」

先日、マツリズム説明会&ワークショップ.vol2を開催した。

2月開催の前回と同様、地元の祭りの担い手の方々、祭り好きの方、祭に参加したことなかったけどしてみたいという、多様性に富んだ人たちに集まってもらった。

前回は「祭りの魅力とは?」というテーマ。

manabuohara.hatenablog.jp

今回はそれを共有した上で、今回は「祭りの魅力が伝わらない理由?」「祭りの魅力を伝えるにはどうしたらいいか?」というテーマで、ディスカッションを行なった。

 

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様々なアイデアが出た中で、地元の祭りの方から興味深い話があった。

「実は根っからの『地の人』なんて多くない。祭りの担い手の多くが地方出身だけどたまたまそこに住み着いた人たちなんですよ。」

 
もちろん全ての地域がこれに当てはまるわけではない。人の移動の激しい都会ならではのことかもしれない。しかし、この言葉が地域の祭りの担い手の方から飛び出したことで、まわりの人たちは一気に安心できたと思う。


ちなみに僕は、18で地元の神奈川を出てから、ずっとアパート暮らしだ。学生時代は東京、社会人になってからは大阪、長野、そしてまた東京と転々としてきた。

せっかく新しい土地に来ても、家と会社との往復ばかりだった。「地の人」とかかわることへの憧れがずっとあったけれど、なかなかそれが叶うことはなかった。

 

グローバル化の成れの果ては、結局「居場所探し」なんだと思う。

極端な事例だけれど、先日、学生時代以来11年ぶりにあった中国人の留学生がこんなことをいっていた。

「それなりに頑張って、おかげさまで世界中のどこででも仕事ができる・生活できるようになった。でも私はどこに腰を落ち着けるべきか。それが最近の悩みなの。」

 

地域の祭りと関わることで、もしかしたらその答えが見つかるかもしれない。
そう思って、マツリズムをやっている。

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